国境を超えて移動することが当たり前の時代、<br/>トラベルクリニックに求められるもの

国境を超えて移動することが当たり前の時代
トラベルクリニックに求められるもの

今回は東京駅構内にある東京ビジネスクリニックを訪ね、トラベルメディスンの専門家であり、日本のトラベルクリニックを草創期から支えてきた、元国立国際医療研究センター国際感染症センタートラベルクリニック医長の金川修造先生にお話を伺いました。
漫画に出てくるトラベルメディスンなど、身近な話題も交えつつ、医療における予防の重要性やトラベルクリニックの役割、輸入ワクチンの必要性など、幅広いテーマを分かりやすく丁寧に教えて下さいました。

東京ビジネスクリニック/国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター トラベルクリニック
金川 修造 氏

山形大学医学部卒業。小児科としてキャリアをスタート。国際医療支援に従事した後、2003年に開設された国立国際医療研究センタートラベルクリニックの立ち上げに関わり、医長として長く海外渡航者の診療にあたった後、現在は東京ビジネスクリニックに勤務。日本検疫衛生協会理事。日本渡航医学会評議員。

専門分野
渡航・旅行医学/総合診療/小児科
資格
小児科専門医、日本渡航医学会専門医療、国際旅行医学会認定医

■トラベルクリニックと総合診療はよく似ている

― 東京ビジネスクリニックにいらっしゃる前のお仕事について教えてください。

2004年に開設された国立国際医療センターのトラベルクリニックを立ち上げ、2018年まで医長を務めました。
当時は国内に渡航医療を専門とする医療機関が少なく、海外で生活する人への健康アドバイスや現地での診療、マラリアやデング熱に感染した帰国者の治療などの、国境を超えて移動する人たちを診る総合診療科が必要ではないかということで、トラベルクリニックの必要性が高まっていたのです。もともと小児科医でしたが、海外の医療支援に10年以上携わっていたため、海外の事情をよく知っているということで開設に従事することになりました。
トラベルクリニック先進国であるイギリスに渡り、ロンドン大学で病院の運営や旅行医学について学んだ後、帰国して日本ではどのような形で開院するのがよいかを検討しました。最初医師の数は一人、二人でしたが、今ではトラベルクリニック、外国人診療、感染症科を担う感染症センターの一部として規模も拡大して幅広く活動しています。最近では国内のトラベルクリニックの数も増えてきましたが、マラリアなどの特有の疾患に対して総合的な診療を行える機関はまだ十分とは言えません。

― 東京ビジネスクリニックにいらっしゃったきっかけは?

院長の内藤先生がトラベル領域を強化したい、発展させていきたいと考えておられることを知り、「僕やります」と手をあげました。
内藤先生はここを開院する前は西表島の診療所で島民のあらゆる病気を診ておられました。重い病気や専門の診療は提携病院に紹介する代わりに、病気や健康に関する相談をすべて引き受ける、“Dr.コトー” のスタイルです。それを都会へ持ってくると、このようにアクセスの良い東京駅構内で、働く人のあらゆる健康相談に応じる総合診療科という形になるわけです。
ここでは私はトラベラーズワクチンに関する基本的な指針の作成や今後の活動計画を内藤先生と一緒に進めていますが、医師として総合診療もしています。ビジネスマンでも小さな子どもでも、来た人はすべて診ています。
最近はトラベルクリニックというと、トラベルワクチンを扱う予防接種外来のように思われがちですが、もともとのコンセプトでは、海外に行く前から帰ってきた後まで全て診る、総合診療です。領域を問わず全て診るという意味では、ここでやっている総合診療とトラベルクリニックとは近いものがあります。

■国際移動をする人の健康を守る、トラベルメディスンとは

漫画で『ONE PIECE』って、ありますね。あの中にトラベルメディスン、旅行医学が出てくるのを知っていますか?

―トラベルメディスンですか?

船の中にオレンジが積まれていますよね。あれはなぜだと思いますか?

―何か、治療の役に立つということですよね。

大航海時代は船上でビタミンCが欠乏し、壊血病になることがありました。そのためにオレンジ、柑橘類が必要だったんです。やはり、移動に伴って、気をつけなければいけない特別な病気というのがあるわけですよね。
アレキサンダー大王は腸チフスかマラリアで死んだかもしれないという説もあります。もっといえば、軍が海外遠征した時にいちばん困るのは集団発生の病気です。第一次世界大戦の時のスペイン風邪もそうですよ。戦争で死んだ人よりもスペイン風邪で死んだ人の方が多い。船内に感染者がいて、乗っていた全員が感染して、船が着いたところで感染を広げていって、世界中を駆け巡ったんですね。
移動に伴って、普段はかからないような病気や感染症にかかるリスクがある。その予防から治療まですべてに対応するのがトラベルメディスンなんです。トラベルクリニックっていうのは予防接種だけではないんですよ。

今は多くのトラベルクリニックの診療は予防接種が主流になっているので、トラベルクリニックを受診するのは海外へ出て行く人が中心になっていますが、国立国際医療研究センターではトラベルクリニックができた当初から海外から帰国した人の診療も行う機関として活動してきました。帰国した人が抱えている健康トラブルは外傷でも婦人科でも何でも診ますが、海外から帰ってきていちばん問題なのは国内では稀な感染症です。だから、医療センターでは感染症科にトラベルクリニックを併設し、マラリアやデング熱の診療を初期からしていました。マラリアの予防から治療というのはトラベルクリニックの根幹なんですね。
マラリアは予防できる病気です。予防できるし、治療もできるのに、亡くなる人が大勢いるのは、予防をしていないからですよね。重症になってICUで1ヶ月治療するようなことを考えたら、予防薬を飲んでいれば済むわけです。
トラベルクリニックでは、ワクチンを打つだけではなくて、「マラリアという病気があるんですよ。その予防もしていきましょう」という話は患者さんにしっかりしないといけないですね。

■なぜ海外から輸入したトラベルワクチンを扱うのか

― 海外のトラベルワクチンを扱い始めた理由をお聞かせいただけますか?

海外に行くにあたって、国産だけでは足りないワクチンがあるんじゃないのかということです。例えば腸チフスですが、社会インフラが整っていない開発途上国では普通にかかる病気ですよね。日本では患者数も少なく、診断治療が可能な疾患ということで、腸チフスのワクチンは承認されていませんが。
私がいた医療研究センターは、国立病院であった時期には国が承認していない輸入ワクチンを使うことに問題があり、なかなか使えませんでした。狂犬病とA型肝炎のワクチンが度々供給不足になるなかで、必要と考えるワクチンを接種せずに送り出すわけにはいかないということで、ようやく海外のワクチンも入るようになりましたが、輸入し始めた当初は大変でした。
送られてきたワクチンの状態を見て、「これは失活していないか」と心配になったこともあります。輸送中にどこでどんな管理をされていたのか分からないのです。箱のなかに温度計を入れてチェックするように言ったり、温度計が入るようになった後も、温度計が壊れていたことが何度かあって、全部取り替えてもらえるようにいったこともあります。

― つばめLaboはコールドチェーンを確立し、ワクチンの品質管理において求められる、2度-8度帯を逸脱することなく輸入できる体制が特徴です。

送中の品質保持に関しては、問屋さんにお任せするしかないので、医師としてはどこまで担保できるかが難しいですが、温度管理の重要性については医療関係者にももっと知ってほしいですよね。

― 国産ワクチンのないトラベルワクチンもありますが、国産品もある場合、あえて海外のワクチンを選ぶ理由はあるのでしょうか?

「輸入」は安全ではないと考える人が多いのですが、全世界のシェアで考えれば圧倒的に世界で流通しているワクチンの方が大きいんです。国産ワクチンは世界で見れば数%に過ぎません。違うとすれば、未承認の輸入ワクチンでは、国の補償制度が使えないという点はありますが、それだけです。
もう一つ、海外のワクチンを使う利点として、発売後の調査が丁寧だという点もあります。ワクチンを接種してから何年か経った時にどれくらい抗体を保持しているか、複数回接種の必要なワクチンに関して、異なるメーカーの製品を使った場合に互換性があるかといったことは、日本ではデータがあまりありません。一方、海外では違うメーカーの製品と一緒に使っても大丈夫かどうかといったこともしっかりチェックされています。発売後に関しては海外のワクチンの方が多くの研究がされて、情報が多いという印象があります。

■どうやったら病気を防げるかを考えた方が、効率がいい

― ワクチンを活用した予防の重要性について、もう少し聞かせてください。

今(コロナウィルスの感染が拡大している)この状況で、世界中の人が動き回っていて、病気を持ち回っているわけです。予防から治療まで考えないと、病気のコントロールは難しいんです。
最近、予防も重要視されるようになってきましたけども、病院ではまだ病気になった方を診るというのが主たる業務になっているのが現状です。
でも、たとえば、F1レーサーで車が故障したら直せばいいと考えている人はいませんよね。走行試験をやって問題がないかチェックして、試験をクリアした車でもまだ最高のパフォーマンスを出すためにチューンナップするわけですから。医者が来た人を治療するだけというのは、F1レーサーが故障してぶつかって動かなくなってから車を修理するのと同じです。病気になってからどうやって治すよりも、どうやったら病気にならないかを考えた方が絶対に効率がいいですよね。
VPD(ワクチンで防げる病気)というのはそういうことです。命に関わる病気、重い後遺症が残る病気を予防できる手段があるのに、それを使わない手はないでしょう。

どうやったら病気にならないかを考えて成功しているのが歯科診療です。今、子どもの虫歯ってほとんどないですよね。あれは歯科医さんと歯科衛生士さんが歯磨きしましょうとか、そういう予防活動をすごくやったので、虫歯が少なくなってるんですね。一般の人にとってはそっちの方がいいわけです。

― トラベルクリニックはトラベルワクチンを打つ以外にどんなことができるのでしょうか?

主に、リスク評価ですね。海外でどういう活動をすると、どういうリスクが起こるかを評価して、その上でワクチンを打つことを考える必要があります。
今は中国に行くというと一律で狂犬病ワクチンを薦めますが、都会と田舎では狂犬病のリスクにかなり差があるわけですよね。5歳以下の子どもは狂犬病ワクチンを打つと1割は当日か翌日ぐらいに38度の熱が出ます。リスクが低い場合でも、それだけの負担をする必要があるのかどうか。
たとえば、A型肝炎なら子どもはリスクが低いし、あまり外食をしないのであれば必要はないかもしれない、でも、高齢者がかかると重症化するから、おじいちゃんおばあちゃんにうつす可能性があるのなら考えてもいいかもしれないなど、リスク評価をしてリスクが高いんだったら、ワクチンを打っていきましょうということなんです。
そうやってリスクを評価するのは時間がかかりますが、トラベルクリニックを名乗るからには、きちんとリスク評価もしてあげてほしいですね。

― 最後に、トラベルクリニックへのアドバイスをお願いします。

これはトラベルワクチンに限ったことではないのですが、ワクチンのことをもうちょっと良く知ってもらいたいと思います。
今、大学で予防接種の講座を持っているところは非常に少ないです。たとえば、はしかに関する講義をしていて、「これは予防接種で予防できます」とその一言で終わってしまうんですね。これとこれはなぜ一緒に打ってはいけないか、なぜこのワクチンは間隔をあけて打たなくてはいけないのかといった、実際にどうやって予防接種をするかについては臨床の現場で覚えているのが現状です。免疫の基礎については詳しくても、実際に患者さんに予防接種をするところについては学ぶ機会がないんですよね。急速に接種する種類が増えた定期予防接種では、スケジュール通りに接種できていない場合の修正の仕方がわからず、専門機関に問い合わせしなければならないような事態が起こっています。
ワクチンのベーシックなところについて知ってもらいたいと思って、色々なところで研修活動をしているんですが、なかなか広がらないんですよね。たとえば、先ほどの温度管理についても、まだ、一般用冷蔵庫を使っていたり、インジケーターを入れていなかったりするところは結構あると思います。
できれば、講習会なんかを受けてもらって、ワクチンの管理や接種計画に関しての基本を学んで、理解を深めてもらえるといいですね。講習会にいくと、専門でやっている医療機関とのリンクができるので、「こういう時はどうしたらいいですか」と聞けると思いますし、講師もいますから相談できるから、いいんじゃないでしょうか。

― まずは知識をつけて、理解を深めるところから始めましょうと。

そうですね。そのうち、講師にもなってもらって(笑)

東京ビジネスクリニック グランスタ丸の内

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