第29回 日本外来小児科学会年次集会 vol.1<br/>「ダニ媒介性脳炎:日本に潜在する感染のリスクと課題」

「ダニ媒介性脳炎:日本に潜在する感染のリスクと課題」

イベント
第29回 日本外来小児科学会年次集会
開催日
2019年9月1日
発表者
北海道大学院獣医学研究院公衆衛生学教室・准教授 / 好井 健太朗先生

北海道大学の好井と申します。よろしくお願いいたします。はじめに、私にこのような貴重な講演の機会を与えていただき、日本外来小児科学会の関係各所の方々並びに株式会社つばめLaboの方々に深く感謝いたします。

私からは「ダニ媒介性脳炎:日本に潜在する感染のリスクと課題」と題しまして、このダニ媒介性脳炎はどういう病気なのかという一般的な情報をお話しし、それから私達の研究等もご紹介させていただき、その後に米川先生よりワクチン等も含めた話をしていただきたいと思います。それでは始めさせていただきます。まずは発表に先立ちまして、COI開示はご覧のとおりとなっております。

今、北海道におきまして、ダニが持っている感染症として、ダニ媒介性脳炎という病気がひとつ非常に大きな話題になっております。この話の事の始まりは、3年前の8月、23年ぶりに2例目となるダニ媒介性脳炎の患者が発生し、残念ながらこの患者さんは亡くなってしまい、これが国内初の死亡症例となりました。その後、2017年、2018年と毎年患者が相次いで報告されて、5例の患者さんが報告されております。

こちらは我々の研究になりますが、札幌市内において、このダニ媒介性脳炎の原因ウイルスと感染動物が見つかったと報道されております。北海道だけかというとそうではなく、北海道の外にもダニ媒介性脳炎ウイルスが分布している可能性も示しております。こういう時にメディア等で取り上げられてきますと、たくさんの質問を受け付けます。その中でよく受けるものをまとめたものがこちらになります。

「どうして23年ぶりに突然、そして感染者が毎年連続で出るようになったのか?」ということや、もう少し細かく言いますと、「昔より感染率が高くなっているのか」、例えば、1例目は道南地方でしたが、「道南からどんどん広がっていっているのか?」「ウイルスを持っているダニが増えているのか?」そんな質問を受けます。もちろんこういったこともありますが、一番の答えとして私はこう答えております。

ウイルスはずっと昔から北海道の広い地域に存在している。そして何より、今まで見過ごされていた感染者が表に出てくるようになっただけ。このように考えております。今回はこういったものを含めて科学的知見も紹介させていただきます。

今回3つのトピックでお話をさせていただきます。まずはダニ媒介性脳炎の一般情報についてお話をさせていただきます。

このダニ媒介性脳炎はフラビウイルス感染症の一つです。フラビウイルス感染症とは、ほとんどのものが節足動物媒介性、ダニや蚊といった吸血性の動物によって媒介されています。そして、日本のいろいろな動物に感染することも知られており、人獣共通感染症、人と動物両方に感染する感染症が含まれています。代表的なものを挙げさせていただくと、日本脳炎。こちらは皆さんがワクチンを受けられているものですね。そして黄熱病。これは野口英世が研究しようとして、志半ばで自分も感染した感染症です。そして、2014年の東京・代々木公園での国内感染が問題になったテング熱や、2016年のブラジルオリンピックの際に全世界的に感染の拡大が懸念されたジカ熱。皆さんも一度は聞いたことがあるだろう感染症が、フラビウイルスの仲間になっているものです。

ダニ媒介性脳炎ウイルス(TBEV)の自然界での感染源は、ご覧のように野生動物とマダニの間で感染環が回っております。そして、家畜や伴侶動物が感染マダニの吸血によって感染し、時には脳炎という重篤な症状を引き起こします。
一番に、このマダニの中で経齢間、脱皮を通じて、そして経卵巣、卵を通じて伝達するということが知られております。すなわち、ダニの中で世代を超えて長期間維持されていることから、一旦、地域において感染環が形成されると根絶するのは不可能です。
もう一点、感染ルートとして、感染した犬や猫などの直接の噛み傷、引っ掻き傷から人に感染することはありません。現在、西日本等で問題になっているSFTSという、同じくマダニが媒介するウイルスに関しては、こういった噛み傷からの感染の可能性が示唆されていますが、これとは違うということはご留意いただきたいと思います。

このダニ媒介性脳炎(TBE)の疫学ですが、ユーラシア大陸の中部以北の、広い地域において、人が住んでいる地域ではほとんど患者が報告されています。だいたい年間1万人前後の患者が伝えられております。
ウイルスは大きく三つのタイプ、ヨーロッパ型、シベリア形、極東型の三つのタイプに分かれます。日本に分布している極東型は最も重篤度が高いと考えられており、死亡率も2割以上という非常に高い病原性を持っております。

このダニ媒介性脳炎(TBE)の感染者の臨床症状は、だいたいウイルスを持っているマダニに吸血された者の発症率は、だいたい5~30%と言われております。発症前の潜伏期間は7日~14日間、1~2週間程度と考えられております。発症の初期は、主に頭痛、発熱、関節痛といったインフルエンザ様症状を引き起こします。だいたい20~60%の患者が重症化し、重症化したら精神錯乱、昏睡、痙攣、麻痺などの脳炎症状を引き起こします。そして、脳が炎症を起こしてダメージを受けてしまうため、後遺症が起こる患者さんがおり、だいたい40~60%の患者さんで知覚障害、運動障害が残るということが報告されております。動物に関しては、犬の場合で人と同じような脳炎症例が報告されていますが、大部分は無症状であろうと考えられています。

ダニ媒介性脳炎の治療法についてですが、残念ながら特異的な治療法は存在しません。一部、昔のホームページなどでは、ウイルス特異的免疫グロブリンが有効との報告もありますが、現在の研究では副作用が懸念されており決して推奨はされていない状況です。従って、対症療法のみということになってしまいます。
実は、ダニ媒介性脳炎のワクチンは存在しておりまして、海外で、もしかしたらワクチンが製造されております。特に、ヨーロッパで製造されている2つのワクチン、「FSME-IMMUN」「Encepur」は非常に疫学的にも有効であることが証明されております。ただし、日本では未承認であり、一部トラベラーズクリニック等で保険適用外で接種できるのみとなっております。

ワクチンの有効性についてオーストリアのデータを示したものですが、こちらの線(ワクチン接種率実線)がオーストリアの流行国でのワクチン接種率です。国策として導入が1980年代からスタートして、現在90%近くがワクチンを受けております。それに対して、患者数がこの破線になりますが、約500人を超える患者がいたのが現代は100人以下に抑えられております。オーストリアの隣のチェコでは、ワクチン接種率は10%しかなくて、患者数は現在も上昇していると言われております。このように、オーストリアではワクチンによるTBE患者数は激減しており、疫学的にも有効であることが証明されています。

こちらは我々の研究ですが、日本にあるダニ媒介性脳炎に対してヨーロッパのワクチンが効くのかということを研究した基礎研究です。健常者に対してワクチンを2回接種したところ、8人の方で抗体化が認められました。そして抗体が現れなかった2名の方も、通常3回接種であり、3回受ければ抗体が陽転しておりました。マウスモデルを用いて検討したところ、100%のマウスから抗体が検出されました。その後、ウイルスを接種したところ、ワクチンを打たない場合は30%しか生き残りませんが、打ったマウスは80%生き残るということで、ヨーロッパ型のワクチンでも日本の株に対する効用が期待できるという結果が得られております。

ここからは、日本におけるダニ媒介性脳炎の患者発生についてお話させていただこうと思います。
ダニ媒介性脳炎は北海道の病気だと思われがちですが、実は過去に東京でも幻の患者報告があります。これは1948年、昭和23年の戦後間もない時期に、東京近辺で日本脳炎の大流行がありました。この際、日本脳炎の疑い患者293人の死亡例の脳から26株のウイルスが採れております。そして、このうち24株は日本脳炎ウイルスでしたが、2株は日本脳炎ではなく、ダニ媒介性脳炎の近縁の抗原性を示しました。しかし、この段階ではまだ十分な検査態勢もないため、そのまま据え置きとなってしまいましたが、40年以上の時間が経って、いわゆる遺伝子解析技術が開発した1992年、これが遺伝子解析により「looping ill」と言いまして、ダニ媒介性脳炎の仲間のウイルスであることが分かりました。さらに、この2株とも小児患者の由来であることから、国外で感染した輸入症例ではなく、おそらく国内感染の可能性が高いと考えられています。すなわち、この1948年の段階で、ダニ媒介性脳炎ウイルスの近縁ウイルスであり、実際に脳炎患者が発生していたということになります。
それから40年以上経って、1993年、北海道の道南地方で国内初の確定診断症例が発生しました。その後23年間、また患者の報告がない時期が続き、2016年に札幌で2例目の症例、これが国内初の死亡症例です。2017年が函館と札幌市、2018年が旭川と、北海道の広い地域において患者発生が見られます。計5例の患者、内2名の方が亡くなっております。

個々の患者についてご紹介します。1993年の国内で初めての確定疾患症例の報告地域は道南圏域で、この患者さんは30歳代の女性、健康で特に既往歴のある方というわけではありません。そして、日本脳炎のワクチン接種歴がありましたが、海外渡航歴はないとのことでした。この方はこの年の10月の末に39度ぐらいの熱を出し、症状が進行し、最終的には脳炎状態で挿管して人工呼吸が必要な状態となりました。幸いなことに、この患者さんは11月初めの頃に回復はされましたが、非常に重篤な麻痺などの後遺症が現在でも残っておられます。
この患者さんがどのように診断されていったかについてですが、当時はダニ媒介性脳炎が全然知られておらず、ダニによる症歴が不明ということで、血液検査で無菌性髄膜炎、おそらくウイルス感染だろうということが分かってきて、まずはヘルペスウイルス性脳炎を想定して診断にあたりましたが、抗体は陰性でした。そしてこの際、除外診断として日本脳炎の抗体検査が行われ、その結果がこちらになります。

もっとも簡便な検査法「IgG-ELISA」を用いて検査したところ、ご覧のように非常に高い値の抗体が検出されました。しかしここで医師の方が賢明だったのは、北海道は日本脳炎の非流行地域であること、また、10月末で蚊が全くいない季節ということもあり、これは本当に日本脳炎だろうかということを疑われました。そこでもっと特異性の高い診断方法として、IgM-ELISA、Neutralization test、中和試験という方法で調べていったところ、こちらではほとんどの抗体が検出されない。そこで、もしかしたらこれは日本脳炎に近縁の他のフラビウイルス感染ではないかということで、ここで初めてダニ媒介性脳炎が疑われて検査されていきました。詳しく行われたところ、日本脳炎のものと比較して非常に高い抗体が検出され、これにより、ダニ媒介性脳炎と診断されました。

このように、ダニ媒介性脳炎に感染したということになると問題がありまして、やはり海外渡航歴がない、ではどこで感染したのか? おそらく日本国内、患者さんの居住地域で感染した可能性が非常に高いということで、私たちの研究がスタートしました。

私たちは獣医ということもあり、動物の調査を行いました。まずは周辺農場の牛54頭を検査したところ陰性でしたが、犬を検査していた結果、9頭中8頭で高い中和抗体が検出されました。さらに調査を行っていきましたが、近隣の農家さんが10頭の犬を飼うということがあり、その春先4月から2カ月ぐらいにわたり、毎週のように犬の血液を採り、抗体価が変わるかどうかを調べてきました。結果、10頭中5頭の犬で抗体が陽転するという結果が得られ、さらにこの(スライド「犬を歩哨動物としたTBEの疫学調査(1995)」の)アスタリスクマークの検体からウイルスそのものも採れており、やはりこの観察期間の間にウイルスに感染したことは間違いないということが言えるようになります。では、次に何を調べようということになり、ダニの調査を行いました。この写真はダニを採っています。白い旗を草藪等で擦っていきますと、草藪にダニが野生動物の血を吸おうと待ち構えているのですが、これで、旗を動物と間違えて飛び乗ってきて、このように回収したマダニを、ウイルスがいないかということで調査していきます。

患者さんのいた地域でダニを600匹集め、ここからウイルスがいないかということ見ていったら、やはりウイルスが採れてきました。マダニの次は野生動物を調べようということで、野ネズミを調べていきました。これは実際にネズミが通りそうな所にトラップを設置して、その後、引っかかってきたら現地で解剖して、採材し、ウイルスがいるかどうかを見ていきます。北海道のいろいろな種類の野ネズミが取れ、だいたいその内の10%~20%の野ネズミがダニ媒介性脳炎のウイルスに対する抗体を持っていました。さらに、採れてきたウイルスの遺伝子を見たものですが、ヨーロッパ型、シベリア型とあって、このOshima株、北海道で分類された株は極東型に分類されることが分かってきました。
このような一連の調査を受けて、

・ダニがウイルスを持っています
・野生動物も感染して感染環が回っています
・人や犬への感染例も出ていることから、道南にTBEVの流行巣が存在・定着していることを証明しました。

ここから10年以上、発症事例はなかったのですが、2016年に2例目の患者が報告されました。40代の男性の方で、特に既往歴はなく、この病気にかかる前は本当に健康状態であったと聞いております。札幌市からの報告で、おそらく道内の道央圏だろうと考えられています。症状としては、発熱、筋肉痛からのインフルエンザ様症 状から、急激に脳炎症状へと転化していって、最終的に1カ月後に死亡されております。この患者さんは中和試験によって抗体が検出されたため、ダニ媒介性脳炎と診断されました。
3例目の患者さんは2017年の函館からの報告になります。70代の男性の方で、刺されたのは道南地域だろうと考えられています。この方もダニ媒介の感染症、インフルエンザ様症状が始まって、脳炎を起こして重症化で亡くなってしまうという事態になりました。同じく中和試験による血清診断が行われております。
4例目の患者さんはまた札幌市の報告となり、70代の男性の方です。感染したのは同域圏内、おそらく札幌市内であろうと考えられています。この方も脳炎症状を引き起こしていっていきましたが、幸いなことに一命は取り留めることができました。しかし、高齢で基礎疾患もあったためかもしれませんが、後遺症が残ったと聞いております。
5例目の患者が2018年で、40代の健康な方だったと聞いております。旭川からの報告で、ダニに噛まれた地域はおそらく道北圏内であろうと。この方は髄膜脳炎を引き起こしましたが、幸いなことに全く後遺症もなく一命を取り留めることができました。この方に関しては、アレルゲン抗体に起因するTBEと診断されております。

ここまでが患者発生状況についてです。ただ、こういった状況に踏まえた改良のための課題として、私たちの研究を紹介させていただきます。

このように北海道で患者が発生しており、さらに本州でも過去に感染患者がいたことが分かってきますと、やはり、「ウイルスの流行巣の部分―どこにウイルスがいるの?」であったり、「家畜や動物の感染状況の実態―どれぐらい感染しているのか?」、こういった情報を明らかにしていかなくてはなりません。しかし、これで問題点があります。先ほど挙げましたが、私たち医療関係者を含めてTBEVのことが世間に知られていません。2016年以前に、この病気のことをご存じだった方は本当に限られた方のみになっています。従って、こういった状況では、病院等に行っても疑われない、調べない。従って、表に出てこないことが、一つ(問題として)ありました。そしてもう1点は、このTBEの診断体制の未整備。実際に診断できる施設が限定されるということにあります。これはどういうことかを説明しますと、法律に基づく診断基準として4つがあります。

・ウイルスを直接採る
・ウイルスの遺伝子を検出
・IgM抗体を検出
・中和試験という方法で抗体を検出

この4つ、実情としてどうかといえば、ウイルスであったり、ウイルス遺伝子が患者の検体から検出される事は非常に稀です。そして、IgM抗体の検出に関しては、ヨーロッパ産のキットが利用可能ですが、キットが10万円ほどします。使用期限もあるため、実際に地方の衛生研究所等で聞くと、常備をするのはちょっと難しいということです。また、中和試験は生のウイルスを使うため、研究施設が必要であり、ウイルス自体も三種病原体であるため、非常に取り扱いが厳しくなっています。こうした状況もあり、検体や施設の点から法定診断が困難なことが多く、そのため、簡便で汎用性の高い新規診断法が求められていました。

ここで少し学術的な話として、フラビウイルスの基本的な性質についてお話をします。遺伝子として1本のRNAを持っていて、そのうちこの辺りが構造蛋白、この粒子を形作るタンパク質となっています。そして、ウイルス粒子はこのようにエンベロープ膜という膜に覆われた球状の粒子で、エンベロープ膜上の「E」というタンパク質が主要な抗原部位を持つと考えられています。
そこで私たちは、簡便な新規診断法の開発していくうえで、ウイルス様粒子というシステムに着目しました。これは、ウイルスの外殻タンパク質だけを細胞で発現させる。そうすると、中身が空のウイルス様粒子が形成されます。これをSPSと略しますが、本来のウイルスの性質と比較しても、同様の抗原性を持っています。そして、中身が空でゲノムを待たないことから子孫ウイルスを産生しません。これは感染性ウイルスの代替として安全に使用することが可能です。それで、こういった人工ウイルスを用いた診断法を作ってみました。この粒子を使って、血清中のIgG抗体を検出するという方法を作っていったのです。

ご覧のように、人や野ネズミの感染の疑い血清をゴールドスタンダードとされる中和試験と比較していきましたが、敏感度・特異度とともに95%以上の高い診断性質成績を得ることができました。
こちらが検査方法のまとめたものです。

・高い診断特異性、感度を持つ
・通常の実験室で実施可能、BSL-3が不要
・そしていろんな動物に適用可能
・安価で特別な試薬を必要としない
・一度に多検体の処理が可能

このように簡易診断として非常に有用であるため、私たちは開発者した後、と地方の衛生研究所や検査機関へ導入したり、患者の診断や野生・伴侶動物を対象とした調査を行ってまいりました。
2017年以降の患者の診断につきましては、北海道がTBEを含むダニ媒介感染症の診断体制を整備した結果によるものと考えております。

まとめますと、まず北海道では道内で広く流行巣が存在していること。さらに脳炎患者が発生しています。そして、過去にTBEVの感染患者が東京にもいた、そして西日本でもウイルスの流行巣が存在している可能性があることから、ずっとこういった流行巣は存在していて、人に感染する可能性は依然としてある。では、なぜ25年間で5例しか報告がないのかということを考えると、実際には5人しか感染していなくて、その5人ともが重症化して脳炎に至ったということは考えにくく、実際には1人の死亡者がいたとしたら、このようにピラミッド状に重症だったけれど死ぬには至らなかったり、軽症インフルエンザ様症状のみで回復された方、そして、感染したが無症状だった方がいて然るべきです。

こういった人たちを見つける研究も行っており、2つ紹介させていただきます。こちらは過去のダニ媒介性疾患疑い、同じダニが媒介する病気として、ライム病という細菌性の病気が北海道では特に重要です。このライム病疑いの患者さんのうち、脳炎を起こした患者さんについて調べていき、全国的に調べていったところ、81名、158検体を調べたところ、やはりこの中にTBEV抗体陽性の方がいらっしゃいました。これは北海道の方でした。そして、症状としても非常に重篤な脳炎症状を引き起こしていると。最終的にどうなられたかということに関しては情報がありません。

このように、過去にも見逃されていた患者さんはいたということが研究で分かってきております。また、さらにこちらは自衛隊の方々の調査を行ったものですが、調査等によると、自衛隊の方々は訓練などで非常にダニに刺される機会が多いと聞いております。そこで、札幌市内の道内駐屯所に勤務する方に対して、ダニの刺咬歴のアンケート調査、そしてTBEV抗体調査を行なっていきました。291名の方を対象として調査を行ったところ、30%ぐらいの方々が実際にダニに噛まれた経験があると答えていました。その中で2名の方から、実際にこのウイルスに対する抗体が検出されました。もちろん聞き取り調査を行ったんですけども、この2名の方に「ダニに刺されて何か症状はありましたか?」と聞いたところ、特に症状はないということで、この方々は不顕性感染であったと考えられます。すなわち、こういった調査からも、マダニに吸血される機会の多い人、ハイリスクルートの中で無症状感染者がいたということが、研究によって分かってきております。

実際にほかに感染者がいたことが分かり、なぜ見つかっていないのかというと、私が(先に)述べましたように、やはり認知度がまず低い。そして診断体制の未整備。この2点が大きかったのではないかと考えております。

最後にまとめますと、北海道を中心に流行巣は変わらず存在し、人が感染する可能性は依然としてある。そして今後どうしていかなければならないか、十分な周知啓発活動を行って、診断体制を確立していく。それによって、実際に人においての感染状態はどうなのか、これの詳細を明らかにしていく。こういった情報が分かってくれば、適切な予防対策、ワクチンの導入等も含めて検討していけると考えており、今後も研究を続けていかなければならないと思っています。
以上で私からの発表は終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

演者
好井 健太朗先生
北海道大学 大学院獣医学研究院 公衆衛生学教室・准教授
学位
博士(獣医学)(北海道大学)
研究分野
基礎医学 / ウイルス学
動物生命科学 / 獣医学
畜産学・獣医学 / 応用獣医学